FURUSATO PRODUCER

ふるさとプロデューサー育成支援事業

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研修レポート
本盛 聡 さん

株式会社ライヴスでのOJT
沖縄米軍基地イベント「キャンプハンセンフェスティバル」に参加して

ふるさとプロデューサー研修生の本盛 聡です。
研修先は、沖縄の観光産業を発展させるために、行政や地域団体、観光事業者、住民を巻き込んだ観光推進プロジェクトの運営等をされている株式会社ライヴスです。様々なカリキュラムがありますが、今回は米軍基地イベントにてフードトラック事業に参加した事をレポートします。
はじめに開催地の沖縄米軍基地についてのご紹介
全ての沖縄県民が、米軍基地について“反対”し、“米兵を嫌っている”と思っている方は多いのではないでしょうか。実は沖縄県民は米軍と親密な関係があり、第二次世界大戦後、米軍の影響を受け、衣・食・住、音楽等で独自の文化が数多く生まれました。今回は、フードトラック事業に参加した事をレポートにしますので沖縄の食文化について本文に入る前に、ほんの少しだけ述べたいと思います。

日本で有名なファストフード店といえば、真っ先に思い浮かぶのが「マクドナルド」だと思いますが、“日本初”のファストフード店のことはご存知でしょうか。その名は、「A&W(エイアンドダブリュ)」といい、日本では沖縄県内限定のファストフード店となっており、地元の人達からは「エンダー」という愛称で呼ばれて現在でも沖縄県民に愛されています。

1963年に屋宜原店(北中城村)をオープンしたのが日本初のファストフード店だと言われています。しかし、沖縄が日本に返還されたのは1972年なので、日本初というのは微妙なところらしいです。ちなみにマクドナルドの日本初出店は1971年です。

また、“日本初”ドライブインレストランも沖縄が“日本初”だといわれており、1967年に恩納村創業した“シーサイドレストラン”は、現在でも営業しています。
米軍基地でのイベントについて
沖縄県には32の米軍施設があります。その施設の一部を定期的に一般に公開しておりフェスティバルが開催されています。フェスティバルには多くの県民や観光客が訪れます。

一般公開されている施設内ではフードコートやスーパーが利用でき、フードコートは種類も豊富でアメリカンテイストを気軽に味わえます。また日本では買えないダンキンドーナッツも人気です。スーパーにも日本では見かけないようなものがたくさんあり、まるで海外旅行で買い物をしているようです。

また、米軍関係者の方と県民及び観光客が一緒に会話や食事、軍用車両をバックに軍人さんと写真撮影、コンサート会場内でビールを片手に、ビートに合わせダンスをして楽しんでいます。

今回、私たちふるさとプロデューサー研修生は米軍基地のキャンプハンセンと呼ばれる施設内で9月23日(土)から9月24日(日)の2日間開催されたハンセンフェスティバルにてフードトラック事業のお手伝いを行いました。(イベント終了後の翌日は1日かけて厨房等の清掃作業をしました。)
フードトラックと地域活性化の関連性について
近年増加している外国人観光客や沖縄特有である米軍関係者をはじめとした外国人は、沖縄県内の事業者にとって、非常に重要な顧客となっています。今回のフードトラック事業は、米軍基地イベントに来場した外国人観光客や米軍関係者に商品を提供する事で、どういった商品が好まれるかといった事を知るための、商品テストマーケティング兼リサーチを目的とするものでした。
いよいよフードトラック開催日、初日のレポートをします
開催当日は、快晴でした。沖縄の太陽は刺さるように痛いです。そんな中、朝早くから逆輸入車のフードトラックトレーラーに乗り込み、米軍基地に向けて出発しました。車両を運転して頂いた(株)ライヴスの伊古沖縄支社長によると「今、米軍基地は北朝鮮の有事に備えてチェックが厳しい」と話してくれました。

私達はイベント出店事業者でしたので一般入場者より先に入場しました。基地に入るゲートを通過する際は、武装した憲兵が入場者のチェックをするのですが、とても緊張しました。(前もって特別に用意して頂いた領事館発行のビジターパスを提示しての入場でした。)
無事にゲートを通過し、いざイベント会場へ
指定された場所にフードトラックを停車し、開店準備に入りました。まず車両を固定し安全対策、発電機等を設置し電源及びガスボンベの設置、タンクに水を注入、看板設置、トラックを開けて店づくりなどなど。それが終わると、厨房に入りフライヤーに油を注いだり、炭酸水をつくったり、ソフトクリーム製造機に牛乳等を入れセッティングする等の作業を行いました。

準備をしながら、伊古沖縄支社長にフードトラックの仕組みや設備の操作方法を教えて頂きました。一通りの準備が済んだら、今度は調理レシピを覚えながらトッピング等の野菜を刻んだりして開店に備えました。

今回、提供する商品は主に米軍の方に人気のあるラーメンをはじめとした中華料理でした。
研修生は二人でしたが、私は調理のお手伝い、もう一人はオリジナルジュースやソフトクリーム販売とレジ担当に分かれました。まだ開店前の12時だというのに、この時点で厨房の温度は40度超え、この温度に体を慣らすには少々時間がかかりました。
開店
一般客の入場は午後1時でしたが、ちょうどお昼時という事もあり、開店前でしたが基地内で勤務中の米兵や基地内に居住している米兵や家族から注文が入り、息つく暇もなく大忙しの状態になりました。

私はひたすらチキンとポテトを揚げ、麺をゆでました。慣れたころには、ラーメンのスープも作らせて頂きました。米軍基地だからでしょうか?オリジナルステーキラーメンが一番人気でした。お客さんの注文を取ることもあり、ムキムキの腕にタトゥーが入った米兵に英語で話しかけられると、ビビって躊躇しましたが次第に慣れてきました。私の顔が引きつっていたのでしょうか。日本語で冗談を言ってくれる米兵の方もいました。

注文してくれたお客さんの中には、10代に見えるとても若い米兵もいました。その彼は、1日目は軍服を着て来店し、2日目は休日との事でティーシャツにジーンズ姿で来てくれました。話しに聞いていたとおり、キャンプハンセンは男性、女性ともに、とても若い米兵が多いと感じました。開催地のキャンプハンセンは海兵隊の基地です。海兵隊は地上戦闘部隊の特別部隊であり、有事の際には真っ先に海兵隊が突撃するといわれています。忙しさの中で、まだあどけなさが残る彼らと接しながら「戦争」について考えさせられました。

私は「英語」がしゃべれないことがコンプレックスでしたが、知っている限りの英単語と、身振り手振り、そしてスマイルで対応しているうちに、「なんとかなるもんだ」と思うようになりました。この経験は後日、外国人観光客にアンケート調査を行う際にとても役立ちました。もう一人の研修生は、レジも担当しておりましたので、ドルを扱いながら英語で対応していて、私以上に頑張っていました。

午後1時以降は沖縄県民、観光客が入場し、お隣の米軍施設内のフードコート、スーパーはあっという間に長打の列となり、その列は夕方まで続きました。私達の店も米軍関係者だけでなく日本人、外国人観光客も入り終始大盛況でした。残念ながら結局、この研修では、一番人気のステーキラーメンを食べる事なく終了しました。
終わりに
私は脱サラした時から移住者と、離島に移住する際の「課題」について積極的に話しを聞いてきました。課題の多くは①雇用がない②住居がない③起業したいが店舗等が賃借できない④土地が取得できたとしても離島は建築単価が高いなど、島特有の事情から移住者が定着できない理由がわかってきました。

上記の課題を踏まえ、かねてから私は離島で起業するなら土地の賃借や建築コストが抑えられるフードトラックを活用したいと考えていましたので、今回、研修のプログラムで、このような体験ができた事は本当に有意義でした。全体の研修プログラムでも、一個人では経験できない内容ばかりですので、私の今後の人生に大きな影響を与えると思います。また研修を通して多くの方々との“ご縁”を頂きました。体験した事も大事ですが、人と人との繋がりを大事にして地域が抱えている問題について、地域に足りない人材、情報、技術や仕組みなどを提供し、地域の方と一緒に考える事ができるプロデューサーになりたいと思います。
お問合せ先

ふるさとプロデューサー育成支援事業(通称:ふるプロ)事務局 担当:内田/管野

TEL: 050-3733-2276